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日本百街道

[な・は行]

中津川市(岐阜県)Web
写真 中山道なかせんどう
中津川市の中山道沿いには3つの宿場が設けられ、街道を行き来する人の荷物を運び宿を提供し、当地方の経済拠点として発展してきた。文豪「島崎藤村」のふるさと馬籠宿は、木曽11宿の最南端、美濃との国境にあり、中山道の両脇に軒を連ねる集落の面影は江戸時代そのままである。歌舞伎や文楽など様々な芸術や文化に触れてきた土地柄で、名物の栗きんとんなど和菓子の文化も街道によって発展してきた。

南木曽町(長野県)Web
写真 中山道なかせんどう
五街道のひとつ中山道は、参勤交代の大名や日光例幣使が通る政治の道であり、江戸や京大坂の文物が行き交う文化の道であった。宿場と街道という近世の景観のほとんどが失われていく中、妻籠宿を中心とする中山道は国道や鉄道という近代交通網から外れたことで、その景観がほぼ残された。
南木曽町内の中山道(歴史の道)は、昭和53年度から56年度にかけて全国で最初に整備事業が実施され、昭和62年には全長約20キロの内8.5キロが国史跡に指定された。江戸時代の風情漂う道や町並は、かつての賑やかな往来を現在に伝える歴史街道として人々の人気を集めている。

奈良市(奈良県)Web
写真 やまの道
山の辺の道は、三輪山の山麓から現在の天理市石上にある「ふるの社」を経て、奈良の地からさらに山背を通り日本海へと通じる古代の重要な幹線道路だった。
天理から奈良への道筋は、「記紀」・「万葉集」に記された地名や物語を伝えるロマンの道。「青垣山うるわし倭」と詠まれ奈良盆地を実感し得る金剛葛城・二上山や信貴生駒の峰を西に展望し、東の山裾の静けさとあいまった四季それぞれの心を癒す光景が広がっている。これに多くの遺跡地と社寺が合奏して逍遥の歴史街道となっている。

南砺市(富山県)Web
写真 五箇山街道ごかやまかいどう
旧五箇山街道は、五箇山地方と砺波平野の最南端の南砺市城端地域を結んでいた峠道。何本かの峠道の中で最も利用者が多かったのは朴峠道で、上梨集落や下梨集落から相倉集落(合掌造り集落世界遺産)、鹿熊峠、梨谷集落、朴峠、人食い谷、唐木峠、若杉集落を経て城端に至っていた。
現在は中部北陸自然歩道「朴峠牛方をしのぶ石畳の道(12.2㎞)」として整備されている。

新潟市(新潟県)Web
写真 北国街道ほっこくかいどう
新潟市から上越市(新潟県)を通り、軽井沢町(長野県)までを結ぶ古くからの重要な街道である。新潟市西蒲区内の街道沿いには、大河ドラマ「天地人」ゆかりの天神山城址をはじめ、菖蒲塚古墳、芭蕉の句碑など歴史の深さをしのばせる史跡が数多く残るとともに、黒塀や石垣など昔の町並みの面影が伝えられている。

西粟倉村(岡山県)Web
写真 智頭往来ちづおうらい因幡街道いなばかいどう志戸坂峠しどさかとうげ
岡山県境にある志戸坂峠は、かつて鳥取城下と姫路城下を結び因幡地方から大阪・京都へ至る主要街道となっていた。古くからの街道で、承徳3年(1099)には因幡の国守である平時範が任国に赴任する時にこの志戸坂峠で行なわれた「境迎へ」の儀式が「時範記」に記録されている。平成8年には文化庁選定「歴史の道百選」に選定されて西粟倉村・智頭町側とも整備されている。

日光市(栃木県)Web
写真 日光街道にっこうかいどう
国道119号の「日光街道」は、世界遺産に代表される「日光の社寺」へと続く街道。日光街道は、国内で唯一特別史跡と特別天然記念物の二重指定を受ける「杉並木」で有名。また、日光街道沿線及びその周辺では、町並の景観形成や杉並木の美化運動を行っている。さらに、地域住民や関係機関、行政との間で日光ブランドの再構築を目指し、イベントおよびPR活動など協働でまちづくりを進めている。

萩市(山口県)Web
写真 萩往還はぎおうかん
平成元年に国指定史跡に指定され、平成8年には歴史の道100選に選定された。また、平成19年には国土交通省の提唱する日本風景街道に登録されるなど、往時の姿を色濃く残している。
豊かな自然や歴史を体感できる街道で、景観保全活動やボランティアガイドの活動などの地域活動も盛んに行われている。
萩往還を活用したウォーキングイベントも盛んで、沿線には2か所の道の駅があってドライブ客も憩い楽しめる環境となっている。

箱根町(神奈川県)Web
写真 東海道とうかいどう
箱根宿は、小田原宿から50軒、三島宿から50軒を移して、元和4年(1618)に新たに開かれた宿場町。奈良時代の開湯とされる湯治場や箱根権現の門前町としても繁栄した。
元和5年(1619)には箱根関所が設けられ、江戸防衛のための重要な役割を担った。
険しい箱根山を越える坂道は「箱根八里」と呼ばれ、箱根宿をはさんで小田原側の東坂と三島側の西坂があった。 「箱根八里」東坂には、往時を偲ばせる石畳道や茶屋が今も残る。

浜松市(静岡県)Web
写真 姫街道ひめかいどう本坂通ほんざかどおり
姫街道(本坂通)は、古代には官道として、戦国時代は軍事用の道として、近世には東海道の脇往還として人々の活発な往来があった歴史的街道である。
 街道の周辺には大規模な古墳や遺跡が数多く見られるほか、近世の街道を示す松並木、一里塚、常夜燈、石畳なども残り、平成8年には文化庁の「歴史の道百選」にも選ばれている。

飛騨市(岐阜県)Web
写真 越中東街道えっちゅうひがしかいどう
文禄(1592〜)、慶長(1596)にかけて、主要路として、越中〜飛騨〜信州まで約200キロの道のりで人々が徒歩や牛馬で峠を越えて往来していた。寛永16年(1639)から加賀藩の街道となる。
富山湾で取れる鰤は数々の関所や危険な谷などを通過して飛騨・信州へ届けられ、人々の貴重なご馳走となった。

氷見市(富山県)Web
写真 臼ヶ峰往来うすがみねおうらい
富山県氷見市と石川県宝達志水町を結ぶ道で、古代・中世においては越中と能登を結ぶ主要な政治・経済の道で、江戸時代には加賀藩が定めた越中と能登をつなぐ街道のひとつとして整備され、「御上使往来」などとして利用されており、平成8年に文化庁の「歴史の道百選」に選定された。

姫路市(兵庫県)Web
写真 山陽道さんようどう西国街道さいごくかいどう
山陽道は五畿七道のひとつで本州西部の瀬戸内海側の行政区分、及び同所を通る幹線道路をいう。江戸時代には、西国街道や西国道とも呼ばれた。
奈良時代、播磨国の国府が置かれた地に、池田輝政によって姫路藩が成立し姫路はその城下町として整備された。市内には城下町の町割りや街道の町並が残る。

福島市(福島県)Web
写真 奥州街道おうしゅうかいどう
街道沿いには歴史的な建物や史跡が点在しており、福島市中心部では、かつて城下町を通っていた奥州街道の遺産・文化を活用した賑わいと回遊性を生み出すための取り組みがなされている。
福島市松川町には全国的にも貴重なアーチ型の石橋「めがね橋」が残る。奥州街道の遺産であるこの橋を観光資源・歴史資源として夜間にライトアップするなど、地元では街道を通したまちづくり活動が活発に行われている。

袋井市(静岡県)Web
写真 東海道とうかいどう
旧東海道袋井宿は現在の袋井市の中心部にあたる。東海道53次の宿場では、江戸日本橋から数えても京から数えても27番目で中間点にあたる。他の宿場に遅れて、元和2年(1616)頃に整備された。
周辺には、法多山尊永寺や医王山油山寺、萬松山可睡斎の遠州三山をはじめ歴史ある寺社があり、それらの門前町として栄えた。

藤枝市(静岡県)Web
写真 東海道とうかいどう
奈良時代以来伝えられる東海道は関東と関西を結ぶ日本の主要幹線であり、現在の国道1号線と重なる部分も多い。長い間人の往来が絶えなかったため、名勝をはじめとして街道にまつわる史跡や伝説なども多く伝わっている。東海道は単なる道ではなく、人が往来することでつくられた文化的事象を伴う“街道”の典型例といえる。

藤岡市(群馬県)Web
写真 中山道なかせんどう
江戸から武州・上州・信州を経て京へ通じる中山道は、古代・中世の東山道を江戸時代に整備して五街道のひとつとしたもので後に中仙道とも書いた。武州側から神流川を渡って上州新町宿(高崎市新町)を通り烏川右岸を立石新田(藤岡市)から中島(藤岡市)に抜けて、烏川を渡り岩鼻(高崎市)に着く。

富士宮市(静岡県)Web
写真 中道往還なかみちおうかん
富士宮市は富士氏が大宮司を務める富士山本宮浅間大社の門前町として栄えた。
甲斐国(山梨県)と駿河国(静岡県)を結ぶ中道往還の宿場町としての機能もあり、戦国時代には楽市が開かれていた。
古来より富士山や富士信仰との関わりが深く、市内には浅間大社や白糸ノ滝など世界遺産富士山の構成資産がある。

富士吉田市(山梨県)Web
写真 富士山吉田口登山道ふじさんよしだぐちとざんどう
富士山で唯一ふもとから山頂まで徒歩で登ることができる登山道であり、富士山信仰が隆盛を誇った当時の面影を今も残す古道。2013年に富士山が世界文化遺産登録された際には、この吉田口登山道も構成資産として登録された。
麓から富士山五合目までにかけての登山道は木々の中にあり、五合目以上に比べ登りやすい道となっているため、登山初心者でも気軽に歴史を感じながら登山を楽しむことができる。また、この登山道と同じく世界文化遺産の構成資産である北口本宮冨士浅間神社には登山道の起点となる登山門がある。

防府市(山口県)Web
写真 萩往還はぎおうかん
古くは、防府天満宮(松崎天神)を中心とした門前町の宮市地区、三田尻港・中関港を中心とした港町の三田尻地区・中関地区として栄えてきた。門前町の宮市地区は山陽道と萩往還の結節点にあたる。
かつて、東の赤穂、西の三田尻と称されるほど製塩業で栄えた。
防府市内の萩往還関連史跡として、宮市本陣兄部家、三田尻御茶屋旧構内、三田尻御舟倉跡、住吉神社石造燈台がある。

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